「建築と子供たち」と私
執筆者:渋谷セツコ
(JIA東北支部・建築と子供たちネットワーク仙台代表)
「建築と子供たち」のプログラムを実践することは私に、たくさんの得がたい出会いをあたえてくれました。それら一つひとつは小さなものなのだけれど、小川のように集まって私の中で大きなゆったりとした流れになっているようにも感じられます。その流れの中でぽつりぽつりと落とされた養分が醸されて、次の活動へのエネルギーになっているのかもしれません。以下にこれまでの小学校での総合学習支援の中での子どもたちとの出会いをいくつかご紹介します。
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アラタ君/片平丁小5年/’97/仙台ヘルシンキこども会議(プログラム名:以下同じ)
今、私のデスクの目の前にかわいらしい絵が描かれた小さなプラバンが飾ってあります。これは18年前にアラタ君が私にくれたものです。アラタ君はお母さんと二人暮し。学校でおもしろいケンチクの授業があったことをお母さんに話しました。お母さんはアラタ君が学校のことをそんなに楽しそうに話すのを初めて聞いたので、学校に見に来ました。ワークショップの合間に先生がにこにこして私のところにやってきて、お母さんと一緒のアラタ君を紹介してくれました。
私はとても嬉しかったので、次の授業のときに家形を切り抜いて組み立てる絵本をアラタ君にこっそりプレゼントしました。するとまた次の時、手作りの小さなプラバンを先生が渡してくれました。“しぶやさんに。つくるいえありがとう”と書いてありました。アラタ君どうしているだろう。今でも私の宝物です。
Mちゃん/東六小5年/’97/デザインしよう.未来の宮町
まちづくり学習のワークショップの時、グループ活動ではしばしば子ども達の間で摩擦が起きます。ある時、女の子のグループの様子がおかしいのに気付きました。そうっと耳をすましてみると、意見の強い子どうしで自分の主張をめぐって険悪なムード。私はカッカぎみのMちゃんを廊下に呼び出しました。
「ちょっと歩かない?」
と、二人で並んで廊下を歩き出しました。Mちゃんは「どうして?」とも聞きませんでした。どうやらこっちの気持ちをさっしてくれているらしいのです。私は歩きながら、
「えーと、食べ物で好きなものは?」
と、聞きました。
「えーっ?えーと、えーと、塩辛かな?」
「へえー。おつまみみたいなのが好きなんだねえ。」
「うん。おじいちゃんが食べているのを、そばにいてもらうの。」
「なるほどねえ。あれはおいしいよね。」
私たちはいつの間にか手をつないで長い廊下を行ったり来たりしていました。
「もういいよっ。」
Mちゃんは手のひらをピラピラと振って教室に走って戻って行きました。
(なーんだ。みんなお見通しかあ。)
心の底から笑みが湧いて来ました。
ハジメ君/東長町小5年/’00/かんきょうにやさしい町づくり-長町副都心計画
「じゃ、だれにしようかなあ、えーと、一番後ろのあなた、北はどっち?」
ワークショップに入ってすぐ、私はいつものように簡単な質問のやり取りから始めようと、一人の男の子に聞いてみました。すると彼は立ち上がったきりうつむいて、何かを言おうとしたのですが、あっという間に手の甲を顔に当てて泣き出してしまったのです。私は予想外の出来事にどうしたらいいかわからずそのまま、
「じゃあ、お隣の人どうですか?」
とワークショップを続けるしかありませんでした。一区切りしたところで先生のところに飛んで行き聞いてみると、先生は笑って話してくれました。なんと私は、よりによって、みんなの前でしゃべることができずいつも泣いてしまうので、そのうち当てられることのなくなった男の子を真っ先に当ててしまったのでした。神様ってホントにいるんだ、と本気で思いました。それがハジメ君との出会いでした。
この総合学習は“City Building Education™”(byドリーン・ネルソン)をベースに私たちが先生と一緒に組み立てた4ヶ月間の学習プログラムでした。自分たちの住む町が未来にどうなって欲しいかを、五感を使ったまち探検、“環境にやさしい”をキーワードにした調べ学習、未来のまちをデザインすることを通して考えて行きます。未来のまちの模型造りでは、一人ひとりが市民であるほかに役割を持ちます。市長、区長、環境委員、リサイクル委員、福祉委員、エネルギー委員、いきもの委員などこどもたちのアイデアで委員会がつくられ、まちづくりの間必要に応じて議会を開き、ディベートを繰り返しながら模型をつくりあげていきます。本当のまちづくりのシミュレーションなのです。
113名の子ども達がひしめく中、区長の名札を付けたハジメ君がいました。(・・・がんばっているかしら?)とても気になりますが、指導にてんやわんやの中、遠目で見守るしかありません。いよいよ模型の完成披露会です。体育館いっぱいのお客さん(父母、教育委員、市議会議員など)。本物の市長さんも見に来てくれています。壁際や舞台の上ではグループ発表、中央では大きな模型を囲んでそれぞれのアイデアを発表しています。活気に満ちた声が飛び交う中、ハジメ君は舞台上のグループの中で区長さんの果たした役割を発表するのです。その前の晩、私は引き出しをかき回して、蔵王の七ヶ宿に行った時、冷たい透き通った小川の中から拾い上げた、変わった形の石ころを取り出しました。そしてそれを小さな布袋にそっと入れました。
もう体育館の中は蜂の巣をつついたようなにぎやかさです。喧騒の中、私はハジメ君をさがし、舞台の袖に呼び出しました。そして石ころの入った小さな袋を手に握らせました。
「これ、しゃべれるお守り。」
ハジメ君はコクッとうなずいてパッと走って行きました。
舞台上のグループ発表では、2、3人の見学者を前にハジメ君が顔を赤くしてうつむき加減で発表しているのが見えました。それを遠目の横目で見ている私の頭の中には、さあーっと蔵王のさわやかな風がわたったみたいでした。
「建築と子供たち」というカリキュラムを実際の教育に使おうとしている私たちは、学習環境としての学校そのもの、地域の人達との連携のしかたやその空間、そして確信が持てる教育方法というものについて、常時つながりをもって話し合ったり考えあったりしていかなければならないと思います。沖縄や京都で生まれた小さな出会いの小川に、他の流れも集まって、大きく豊かな大河になることを願ってやみません。
写真(左):子どもたちがデザインした未来の公園
写真(中):未来のまちをみんなで考える
写真(右):未来の西公園をデザインしよう!
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