「山へ飲みに行こう!」
執筆者:多田将宏
(都市デザイン委員)
(エムカーヴェー一級建築士事務所)
私が以前2年半暮らしたウィーンの街が、米国の調査会社による2009年の世界「住みやすい街ランキング」第1位に選出された。評価の方法は、都市の生活水準について、政治・社会的環境、経済環境、社会文化環境、健康・衛生環境、学校・教育環境、社会奉仕と輸送環境、レクリエーション環境、消費財調達環境、住宅環境、自然環境の「生活の質」に関わる評価項目を比較し、その結果を指数化しているらしい。
ではなぜこれだけの評価をされる魅力が、この街にはあるのだろうか?もちろん答は様々な観点から論じられねばならず単純ではないが、その中の一つとして、都市のスケールがコンパクトで、絶妙のバランスで機能している事が挙げられる。
ウィーンの中心である旧市街は、中世の佇まいそのままに、世界遺産に指定されている。そして旧市街を取り囲む、かつて城壁のあった場所に造られた「リンクシュトラーセ」と呼ばれる周囲約4kmの環状道路に沿って、国会議事堂や市庁舎などの都市の中枢機能が配されている。街は放射状に延びていき、職住混在の都市空間となっていく。その外側を「ギュルテル」という広い環状道路が取り囲み、自動車が中心部に集中する事はない。これらの都市空間を、国営の鉄道、地下鉄、路面電車、バスが縦横無尽に走り、ストレスの無い程度に運行本数も確保されている。街はさらに広がり、人々の生活空間となる。都市的景観はこの辺りで終り、その外側はすぐにアルプスまで果てしなく続く「ウィーンの森」と呼ばれる山々、ドナウ川、畑や草原のある田園風景へと変化する。これら、直径わずか15km足らずの出来事である。
前置きが長くなったが、今回ご紹介したいのは、市内の中心部から山手の方へ、バスで30分程で着く、「ホイリゲ」という造り酒屋のお話である。「ホイリゲ」とはオーストリアでは「今年出来た新しいワイン」の意味であり、そうしたワインをワイン畑のすぐそばで飲ませる酒場の事も表す。実際にバスを降りるとそこは一面のワイン畑で、そこが一国の首都である事を忘れさせてくれる。中庭のある典型的な農家を改造した店から、ワイン畑の中にテーブルを出したオープンスタイルの店まで様々な店がある。また音楽の演奏のある観光客向けの店もあれば、週1回しか営業しない地元の人向けの店もある。ワインはジョッキで注文し、料理はセルフサービスで注文するスタイルが多い。
これらの店はウィーンの人達の生活にすっかり根付いていて、皆仕事帰りや休日にこぞって山に飲みに繰り出すという具合である。もちろんウィーンでも飲酒運転には厳罰が課せられるため、自動車で行くのは問題がある。しかしそこはバスや路面電車などの公共交通機関がカバーしてくれるので問題は無い。普段街中では忙しそうに不機嫌にしているような人も、店の中では本当に楽しそうにジョッキを傾けている。
よく「本当のヨーロッパを知るには田舎を旅すると良い」と言われるが、そこに本質があるからに相違ない。都市を形作っているものはすなわち田舎であるとでもいうのだろうか?当地で実際に生活してみると、その辺りの事が良く分かる。ヨーロッパの人達は、都市空間に自然を取り入れるのが実にうまい。そしてそれは都市自体にも当てはまり、自然とのちょうど良い距離感を心得ていて、それが都市のスケール感となっているのではないだろうか。
翻って我が国の都市はどうだろうか?急速に開発された都市には緑が少なく、郊外は画一的な戸建住宅がどこまでも続く。最近ではマンションの乱開発がその景観を変えてきた。しかし膨張しきった都市は今再び収縮へと向かっている。この機会に我々も今一度都市のスケール感を見直し、自分たちに合った都市空間とは何かを考えるべきではないだろうか。
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