支部からのお知らせ

  • 投稿:2010年10月27日
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【連載】保存再生 建築家の視点

近江八幡市における繋ぐデザイン
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執筆者:石井和浩(石井建築設計事務所)
○近江八幡の原風景
現在近江八幡市は、水郷周辺を国選定の重要文化的景観第一号に指定されている。旧八幡市街地は整然と並ぶ碁盤目状の城下町に、中二階建ての燻し銀の勾配屋根が連続する風景が今に残る。また明治から昭和期に建てられたヴォーリズ建築が町家の並ぶ中に点在しており、それら和洋折衷の建築と豊かな自然が近江八幡の原風景を織り成す。
アメリカから来たウィリアム・メレル・ヴォーリズは、自身が日本の生活体験の中から培った町の特性を元にし、設計活動を行った。彼の建築は今も近江八幡の町に約27件残存している。本稿では、町並みを繋ぐデザインとして近江八幡のヴォーリズ建築を中心に論ずる。


○町家民家とヴォーリズの繋がり
ヴォーリズは明治38年に八幡商業高校の英語の教師として来日した。最初の2年間は、旧八幡市街地にある町家を住まいとし、その時の印象を「暗い」「寒い」「不衛生」と記している。ヴォーリズは町家・民家の改修を数件行っているが、改善すべき点に対しての手法が明快に取られている。
台所は、大切な食事をつくり家族の健康の鍵を握る場所であり、生命を育てるかけがえのない場所にも関わらず、従来の日本家屋では暗く不衛生な場所にあった。彼は、台所を光が射す明るい場所に設け、直射日光による殺菌作用も考慮していた。
寝室についても伝統的民家の寝室では不衛生であると考え、寝室を板の間に設けてベッドを置き、掃除をしやすく計画している。また、「スリーピングポーチ」と呼ばれる縁側のような場所を寝室の横に設けてベッドを置き、大きな開口部から入る日光によって、寝床を殺菌できるようにすることで、病気にかかりにくくなると考えていた。当時は不治の病と言われる結核が流行しており、健康的に安心して暮らすことが住民にとって必須であった。
上記のヴォーリズの体験に直接基づく設計思想・手法をみると、ヴォーリズは日本の伝統的な町家や民家を住みづらいものとしてみていたかと思われるが、伝統的な建物が地域の気候風土に適応したものであることをよく理解していた。
滋賀の民家は冬の「比良おろし」と呼ばれる比良山地から吹き降ろす寒い北風を考慮して家の北側を極力閉ざし、南側は開口を大きく開け、玄関や客間・縁側を設けられている。また町家においては、天窓によって直射日光を部屋の奥まで確保していた。
ヴォーリズはそういった気候風土に適応した民家や町家に、前述した幾箇所の不衛生さを克服することで、理想の住まいができると考えていた。つまり、日本の伝統的な建築の手法を活かしながら、西洋の住文化を融合させることを図ったのである。
「しきたりや習慣との相違点を思うよりも、むしろその由来を探求し、それが決して単に風変わりとか、または間違った方法として片付けてしまうべきものでないということを常に発見した。」と後に自叙伝で述べている。
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写真(左):ヴォーリズが来日後2年間過ごした町家
写真(中央):ヴォーリズによる民家建築
写真(右):スリーピングポーチ付寝室
○生活改善運動
時期を同じくして、文化学院の創立者である西村伊作は著書「楽しき住家」によって居間式住宅を訴えている。また、家庭雑誌や住宅改良会を創立し業績を伸ばしたあめりか屋の橋口信助らも、大正から昭和戦前の洋風住宅啓蒙に大きな役割を果たしている。
日本の住宅改善があらゆる面で行われていた中で、ヴォーリズは日本の伝統的な“ハレの空間を中心とした間取り”ではなく、従来の民家にはなかった“居間”を日当たりの良い南側に設け、居住者の生活を重視した間取りへと改善させ、同時に洋食文化を広めるなど、日本の抱えていた問題に対して自ら具現化することで生活改善の一役を担っている。
ヴォーリズのデザインは日本で生きていく為の暮らしの知恵から実践した結果の表れであった。彼は建築家として「建築物の品格は人間の人格の如く。その外観よりもむしろ内容にある」という考えを掲げ、耐久性や使い勝手の良さ、そして人が健康的で快適であることを重んじていた。これは「質素倹約、質実剛健」の文化のまち・近江八幡の町家・民家の持つ生活観があるデザインにも共通している。
○原風景の継承
先人の残してくれたこれら建築物が残る原風景は、人間が自然の一部として暮すなかで大切にすべき普遍的なメッセージを我々現代人に教えてくれている。デザインから読み解く先人の知恵を新たな建物にも活かすことで、その地域の「繋ぐデザイン」として原風景を作り重ねていくと考える。

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