• 投稿:2008年8月7日
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特集

京都市の新景観制度
2008夏 特集(道家氏顔写真)
執筆者:道家駿太郎
(京都地域会 会長)
(大阪工業大学工学部空間デザイン学科教授)
京都市の新景観制度が施行されてほぼ1年近く経とうとしている。この間、建築基準法の改悪による建築確認手続きの混乱に加え、京都市では新景観制度の発足も加わり、かなりの混乱をもたらしたことは疑いない。しかし旧市街地や歴史的景観を保持すべき環境において、資本の論理で高層マンションを造り、地域住民の生活を考えずに売り逃げするような、環境・空間の投機対象化の動きについて、新景観制度ではかなり押さえ込むことが出来たと思われる。これで、やっと京都市民や建築家が、将来に向けて永く続く町並の在り方を議論・実践する土台が出来たと言えよう。そこで、会員の皆様に京都の景観制度の背景や制度の概要、そして課題改善への京都会の取組などについて報告したい。


新景観制度発足までに、京都市では既に多くの制度が作られ、市民や建築家が対応してきた歴史がある。その歴史や背景について少し解説し、なぜこの様な厳しい制度が出来たかを見ていきたい。
1.京都市の景観制度の歩み
京都市の景観制度は日本の景観制度の歩みそのものと言っても過言でない。
日本で最初に景観制度の一つである風致地区、美観地区の制度が設けられたのは大正8年(1919)であるが、京都市ではその11年後の昭和5年に風致地区指定を行っている。戦後になると、屋外広告物法、古都保存法などが制定され、いち早くそれらに対応する条例制定や地区指定を行うなど景観に関する制度を導入してきた。
高度経済成長期に都市の高度利用が叫ばれる中、昭和45年に建築基準法の改正が行われ、絶対高さの制限が撤廃されたが、京都市では昭和47年に市街地景観条例の制定、美観地区・巨大広告物規制地区の創設・特別保全修景地区制度の創設などその後の全国で取り組まれる市街地景観制度の枠組みともなる制度を作り上げた。特に特別保全修景地区制度は後に伝統的建築物群保存地区制度の下敷きになるなどの先進的制度である。又、昭和48年には高度地区による高さ制限(10m〜45m)を行うなど市街地景観を重視した施策が次々と進められてきた。
昭和の終わりから平成にかけて、いわゆる京都ホテル(高さ60m)問題が起こり、市民の中でも京都市街地の景観に関する関心が高まったことをうけて、まちづくり審議会で市街の方向性が打ち出された。京都の北部については保全を基本とし、旧市街を職住共存地域として都心再生地域、京都駅南の南部地域を新しい都市機能を集積する地域、京都駅を中心とする地域は両地域のバッファー地域と位置づけ、それら地域に対応して高さの制限や土地利用の在り方を変えている。
平成7年にこれらの方針を踏まえて市街地景観条例の全面改定が行われ、都心部がほぼ全域美観地区に指定されたほか、周辺部の山林には自然風景保全条例による規制がかけられるなど、京都市内の多くの地区に景観的な網がかけられることになった。加えて各制度の中で地区の拡大や規制も強化されるなど、市街地景観を誘導する土台が作られた。
2.新景観制度制定の背景及び制定経過
その後、都心部の町家による京都らしい景観保存のために、各種のガイドプランや計画が進められ、都心の景観保存の動きも高まり始めていた。町家の評価も高まって、町家を活用した店舗や飲食店も多く見られる。一方、バブル崩壊後の地価の下落や住居の都心回帰の流れを受けたこと、建築基準法の斜線制限緩和などもあって、旧市街地を中心とする都心部に45mの高層マンションが林立する事態が生じ、京都らしい景観が急速に失われてしまった。
これらの状況に危機感も強まり、各界から景観を保存するための動きも強まった。特に日本建築学会が特別研究委員会を設置し、3年間にわたって全国の景観に関係する研究者を結集して様々な側面から研究が行われ、京都市に対して緊急提言を行うと共に、国に対しても京都の景観が単に一地方、一都市の問題では無く、全国的課題であることを訴えてきた。
京都市では平成13年に「都心部のまちなみ保全・再生に係る審議会」を設置しこれらに対処する検討と対策を始めた。
急速な市街地の変貌に対し、平成15年には旧市街地の職住共存地区に係わる都市計画の変更が行われ高度地区の強化などが進められるなど、一応の対策は取られたが、都心部のマンション建設は止まらなかった。
国に於いても平成15年に美しい国づくり政策大綱、16年に景観法が制定され、京都の景観問題はまさに国の根幹にも係わる問題としての認識が進んだのである。
京都の文化的役割は一地方都市の問題では無く、国家的目標としての日本文化を創成する場として、京都が伝統的日本文化を担い発展させると共に新たな日本文化の創造を担うことが求められているのである。
しかし京都の景観は市民の経済活動にも直結する課題である。加えて市街地景観を醜悪にしている林立する電柱や空中線の撤去、橋や道路のデザインなどの改善には多大な予算を伴うものであり、地方財政で賄うには無理であって国の支援が不可欠である。
この様な背景の中で京都市民が取るべき道として、改めて京都が日本文化を後世まで担う決意を表明したものが、「時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会」の設置及びその提言が今回の新景観施策となっている。
「京都市は国にとって大切であるから多くの国費を投入しろ。しかし京都市民は地価や都市の利便性から生まれる経済的便益を制限無く得たい。」と言った論理は通じないのは当然である。京都らしい景観を維持し造り上げるためには建築活動に制約が係るのは当然のことで、その様な制約を前提として文化を守る活動を全国的に負担して貰う。その様な考え方も「京都の創成」の背景にあると言えよう。
また、京都市街地の建築物、特に町家などの伝統的建築物は現在の建築基準法の枠内では保存できないのは明白なので、本来であれば京都の市街地建築物に対する特別法の制定や建築特区などまで進めるのがこの「京都の創成」の理念に含まれると主張したいところである。
3.新景観制度の内容
新景観制度は6つの内容に分けられている。
第1に高度地区の強化により、都心部の高さを31mに押さえ、周辺の山ろく部に向かってなだらかに低くなるように指定されたこと。
第2に今までの美観地区、建造物修景地区に加え、新たに美観を誘導する美観形成地区を定めると共に、対象地区の範囲を広げたこと。加えて、そのデザイン基準を地区の特性に合わせてきめ細かく定めたこと。また従来は特別な地区を除き、低層や小規模建築については届出・許認可等の対象から除外していたが、一部を除き全ての建築物を対象としたこと。
第3に今までの風致地区の指定を拡大し、特に世界遺産周辺部の市街地に拡大して指定を追加したこと。
第4に日本における初めての試みとして眺望景観の保全のための制度を創出したこと。特に市民共通の景観資源となっている大文字山や送り火について、見晴らしの良い視点場からの眺望を確保することや、大文字山から見渡せる範囲の建築物に対し景観的配慮を求めたこと。この制度により京都盆地のほぼ全域が対象になり、平屋の建物も含めほぼ全ての建築が何らかの形で届出や許可を必要とするようになった。
第5に広告物の規制を強めたこと。色彩や大きさに対する規制は以前から設けられていたが、より強化され、屋上の広告塔や看板については設置出来なくなり、電飾広告も制限を受けることになって、古都ローマのような広告物の少ない景観が目指されている。
第6に京町家などで良好な建築物を重要景観建造物に指定して景観の核とし、その周辺部をこの建物に調和するよう誘導することにより、点から線への景観形成を図る戦略をとること。また京町家の保存を図るため様々な助成制度を作るほか、民間の資金や知恵を活用する町家ファンドを創設し、町家を新しい機能に対応できるような改装を推進出来る制度も作られている。
この様に建造物のデザインに対しても細かな基準や規格を設けたことや対象となる建築物が大幅に増加したため、審査の体制を充実すべく、新たに民間で建築設計に従事していたスタッフを多数採用するなどの体制がとられている。
種別の区域図等は京都市都市計画局のホームページ(http://www5.city.kyoto.jp/tokeimap/)に掲載されている。
(地区別の規制内容については、筆者が別添で一覧にまとめているので参照されたい。但し、誤記等も考えられるので、使用に当たっては自己責任で御願いしたい。また細則も別途参照されたい)
4.新景観制度の課題
以上のように新景観制度は日本の中でも特段に厳しい景観規制を行う制度となっているが、制度的には高さ等をを規制する内容と、デザイン・様式に係わる規制の二つの面で構成されている。
都心部の高さ規制については、未だに都心部に京町家が多く残り職住一致の生活環境を形成していることから、地域住民に都心の高層化について否定的な機運もあり、また、高層マンションが空間を商品として切り売りする、目に余る商業主義であったため、多くの市民の共感を得ている。加えて中心部から三山の山裾にかけて徐々に低い町並としていく方針は分かり易く納得されている。
一方、デザイン規制については町家の形態、様式を絶対的な標準の様に扱っているため、現在の建築生産の工法や材料、大多数の建築物が拠り所としている近代・現代建築のデザイン様式とかけ離れているため、戸惑いがある。以前から風致地区に於ける京都市の指導が硬直的で、建築のことを知らないスタッフが、文化財の破壊にも繋がるような指導をすると言った体制が見られることから、今回もデザイン面での硬直した指導が懸念されている。
これらの懸念に対しては条例制定時にパブリックコメントとして、JIA京都会、京都府建築士会、京都建築事務所協会、京都設計監理協会が連名でデザイン規制の内容については今後とも詳細に検討すべきとの意見書を提出し、その結果、条例案はかなり但し書きや柔軟な対応が謳われた。同時にデザイン基準自体も「成長するデザイン基準」として建築設計の実務家と協同で作成していく協議会を発足させることになり、京都の建築関連5団体*1から選出された委員及び学識経験者・行政による協議会が昨年秋に発足して数回の会議を重ねている。 *1:前出4団体に京都建築設計協同組合が加わり5団体である。 窓口の人員は、新たに募集した建築職の職員が補強され、窓口レベルでの混乱は少なくなったが、建築デザインに関する基準や内規がわかりにくいこと、指導内容にデザイン的な目的の不明、若しくは建築的物としてのまとまりを欠く事例も多く見られるなど、制度及び指導体制上の問題も多い。
デザイン基準及びその制度が実施される中で問題とされる事項については次のように指摘されよう。
①町並の将来像にかかわる問題
○町並の将来像が明確でない(共有されていない)
・デザイン基準による建築物の集積がどの様な町並を目指しているのかが明確でなく、市民的合意も得られていない。
・どの様なデザインの町並を造り上げる為に基準を適用してデザインをまとめているのか、行政担当者も建築家も明確なイメージを持っていない。
○地区別の景観的特質が明確でない
・地区別基準の地区範囲が広く、市民の景観的共通認識に会わない地区が散見される。
・地区で見習うべき建築物や界隈の景観が明らかになっていない。
②建築物や町並の評価にかかわる問題
○デザイン基準の妥当性
・「京都らしさ」を造り上げている、多様な時代の建築物による重層的町並や、市民の生活感覚、住まい方の文化などを生かした基準となっていない。
・建築物の規模や視覚的効果が考慮されない基準となっている。例えば高層建築物が低層の残る都心に建つと塔状の形態になるが、側面も含めたデザインとしての評価が無い。また、アイレベルでのデザインと中景観や遠望でのデザインの在り方などの反映。
○部位別のデザイン基準を適用することが、美しい建築や町並形成に繋がるのか検証されていない
・美しい町並を作る要素としての優れた建築物評価が行われていない。
③審査制度にかかわる問題
○町並を作る主体が行政と建築家に限定される制度となっている。
・市役所対建築家で建物デザインが決まる仕組みで、個々の建物に対し、隣接する地域住民やコミュニティー参加の途が含まれていない。(景観協定を結ぶなどの手続きが必要で、隣に建てられてしまった場合には無力)
○協議に時間が掛かるため、基準を満たすだけの安易な建物が横行し、質の悪い町並となる可能性がある。
・基準に合わせた安易な建築物が最も審査時間が短かく、一方、特例制度を活用して基準に抵触しても、良く練られたデザインの建築を造ろうとすると、協議が長引くため、現実的には取組が困難な仕組みになっている。
5.京都会に於ける取組
以上様々な課題を挙げたが、京都会としてはこれら課題を一気に改善することは困難としても、先に述べたデザイン協議会の場を通じ提案していくつもりである。
京都会では、既に景観に関する特別委員会を設け取り組んでおり、これら課題を念頭に置きながらも、景観形成のあるべき仕組みを考える為、まず皆で京都の町を歩き、建物や界隈の優れた物を評価することから始めている。
南北の通りについては大和大路を三十三間堂から三条通りまで歩き、多くの発見をした。また旧市街地を南北に通る新町通、壬生の繊維工場や労働者住宅が立ち並んでいて、現在住宅地に変貌しようとしている御前通りなどの踏査も行っている。
現在は、東西の二条通を堀川から河原町通りまで歩き、各自評価出来るスポットを写真及びコメントを付けたものを集計し、建築家が評価する優れた景観要素の共通認識を見つけ出す作業を行っている。興味のある会員の積極的な参加を御願いしたい。
その他、町並を形成するためには、すでに高層マンション建設の為にセットバックして駐車場となっているところの緑化の提案や、通り景観を復活させる門・塀・軒庇の設置など修繕的景観政策の提案、皆に評価されている優れた建築物の設計情報をアーカイブ化し、行政と建築家がデザインや設計の情報を共有する仕組み、建築予定の建築物のデザインを建築予定地に掲げることを義務化し、地域住民が町並デザインを共有化する機会を設ける等を提案し、実現のために具体的に取り組んでいる。
来年度、全国大会が京都で開催されることもあり、また、京都の景観制度はモデルとして同様な枠組みで全国的に広められることも予想されるので、今後とも会員各位の京都での設計体験・問題点・提案などを京都会に寄せていただきます様御願いいたします。
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